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 ICカードと読み取り機が接触していなくても、双方で情報をやり取りして改札口を通過できる東日本旅客鉄道(JR東日本)の「スイカ」などに特許権を侵害された、として、松下昭・神奈川大学名誉教授(79)らは、ソニーとJR東日本に対し、総額20億円の支払いを求める訴訟を東京地裁に起こした。スイカは電子マネーの一種であり、電子マネーを巡る特許訴訟は日本では初めてとみられる。 電子マネーを巡る特許訴訟は日本初  松下博士はこれまでもたびたび、技術開発したソニーとスイカを利用しているFX 東日本に対し、自身が取得した特許は非接触ICカードの基本特許であるとして警告書を送付していたが、両社とも侵害を認めなかったため提訴に踏み切った。  この欄でも過去3回にわたって、松下博士の研究開発活動と非接触ICカードの基本特許について論評している。 なぜ出ない?日本の個人発明家(1)――画期的な「松下特許」の審査のあり方を追跡 なぜ出ない?日本の個人発明家(2)――「まず拒絶」「改良特許重視」発想を変えよ なぜ出ない?日本の個人発明家(3)――個人発明家やベンチャーを軽んじる日本企業  改めて、説明しよう。松下博士によると、神奈川大工学部の教授だった1985年ころ、接触していなくても電子情報をやりとりして様々な動作を行うことができるデータ伝送技術に関する特許を複数出願した。それまでの技術ではテレホンカードなどの磁気カードのように、互いに接触しないと情報を交換できず、接触面の摩耗や劣化が進むため長期間、安定して使用することはできなかった。  松下博士は当時、大手電気設備会社から依頼を受けて製缶工場の大量生産ラインで使う日経225 のデータ伝送装置を発明して実用化に成功、生産設備のメンテナンスを飛躍的に向上させて生産効率を上げることに貢献した。  この技術をもとに非接触ICカードの基本特許になる発明を確立し、1985年4月15日以降、次々と関連特許10本を出願した。次いでアメリカではこの10本の特許を1本にまとめて出願し、89年6月に特許として認められた。

「非接触伝送装置」と「信号伝送装置」の2つの特許を侵害と主張  訴状によると、特許侵害の対象になっているのは、2004年7月9日に最終的に確定した「非接触伝送装置」特許(特許番号3574452号)と、1991年2月18日に取得した「信号伝送装置」特許(特許番号1601672号)である。  信号伝送装置の特許は、ICカードと読み取り機が非接触で電波をやり取りして、まず両回路の周波数を合わせる。そしてタイミングをとって動作させる技術である。  非接触伝送装置の特許は、ICカードが読み取り機に接近すると、読み取り機から電波を受け取る。同時に、その電波から電力とデータ情報を受け取ったICカードが電波を出し、読み取り機側から送り出してくる電力出力を制御し、データ情報を変調信号に変換して、相手側装置に送信する制御手段を備えた非接触伝送装置である。  松下博士は、スイカはこの2件の特許を侵害していると主張し、平井昭光弁護士らを代理人として提訴した。スイカはソニーが開発した非接触ICカー 提訴の内容を説明する松下昭博士 ド「フェリカ」の技術を使っている。ソニーは88年からフェリカ技術の開発を開始し、この技術を94年から外国に輸出して実用化しており、国内では2001年から交通機関などで事業を行っている。原告側は、事業開始から今年7月までに世界で累計2億2700万個のICチップを製造販売し、JR東日本については、2001年11月のスイカ発売からこれまでに2100万枚を販売したと算定している。 国内外で160件の特許を持つ個人発明家  訴訟を起こした原告の松下昭博士は、コンピューターの投資信託 のサイズを革命的に小型化・高速化した織成型ワイヤメモリの発明者。このワイヤメモリは1960年代後半に世界的に使われた。松下博士は、国内外で160件の特許を保有している個人発明家として知られている。

 ICカードと読み取り機が接触していなくても、双方で情報をやり取りして改札口を通過できる「スイカ」は、特許権を侵害しているとして、神奈川大学工学部の松下昭名誉教授(79)は、非接触ICカード技術「フェリカ」を開発したソニーと同技術を「スイカ」に採用している東日本旅客鉄道(JR東日本)を東京地裁に提訴した(第96回参照)。 出願は22年も前――特許権はすでに消滅  特許侵害の対象になっているのは、2004年7月9日に最終的に確定した「非接触伝送装置」特許(452特許と呼称)と、1991年2月18日に取得した「信号伝送装置」特許(672特許と呼称)である。  452特許は、85年6月3日に出願された特許が、その審査係属中に数回にわたって分割出願されたものの1つである。特許の権利期間は、原出願から20年間であるため、05年6月2日に特許権利は消滅している。  しかしこの特許が成立するまでに、松下博士が特許庁審査官と重ねた折衝は、想像を絶する作業であった。審査官から拒絶する理由書が送付されると、松下博士はことごとく反論する意見書および補正書を提出した。松下博士と審査官を往復した書面だけでも、厚さ数センチにもなる。その中で松下博士は、世の中にこれまでなかった技術であり、似たような技術があったとしても原理原則は全く違うことを主張し、最後は審査官も認めて特許となったという経緯がある。  672特許は、85年12月5日に出願された特許だが、特許として登録されたのは01年2月18日であった。これもまた452特許と同様に、原出願から20年経った05年12月4日に権利は消滅している。今回の訴訟は、特許権利があった時期の侵害に対して、損害賠償を請求しているものである。 綿密な調査を経て「基本特許」であることを確信  それでは、資産運用 が切れてしまった今になってなぜ訴えたのか。そこには、電子マネーなどに広く使われるようになった非接触ICカードの原理とも言うべき基本技術を発明した松下博士の、この発明特許にかけた執念があった。  筆者は、02年に松下博士の特許を知る機会があり、それ以来折に触れて松下博士の行動を見てきた。そこで感じたのは、松下博士にはこの特許にかける執念に近い確固たる思い、強い意志があるということだ。  その第1は、この発明は、固定する側から動く側に非接触で電力を供給し、互いに情報のやり取りをするという、極めて簡明な構造で出来上がっていることである。すなわち、今から22年も前に、このような技術を考えついたのは自分が初めてであろうし、特許庁と長期間にわたって審査に関する折衝はあったものの、その基本原理はそのまま特許になっており、非接触ICカードの基本特許であるという強い思いである。

 第2は、この基本特許を使用している様々な電気・電子機器類が開発され、各種の金融機関用のカードや電話用のプリペイドのようなICカードが世の中に出てきた。交通機関のICカードシステムのスイカは代表的なものだが、いずれも基本原理は自分の特許に抵触していると博士は確信するようになる。  単に特許技術を侵害していると想像しているのではなく、出願した当初から、非接触伝送装置に関係する先願特許や、最近までの公開特許の公報について、精査してきたからである。また、展示会や雑誌などに公表された新製品に注目して配布資料を調べ、技術内容や実施状況について調査を継続してきたこともある。例えばスイカの基本技術を開発技術者らが解説している記事や図を見ると、それは自身が開発した基本特許と原理は同だからである。 「個人発明家を無視して知財立国は成り立つか」という強いメッセージ  第3は、この原理を利用して製品を開発し市場に出しているいくつかの企業に対して、特許を侵害している恐れがあるとして警告書を出したが、どの企業も誠意ある回答はなく、ほとんど無視に近い企業もあった。警告書を出したケースは10件以上に上る。  そうした体験を重ねるに従って、松下博士は闘志をかきたてたのではないか。ここであきらめたら、日本では個人発明家は生まれない。企業と企業同士の特許侵害をめぐる折衝なら、無視に近いやり方はしないはずだ。筆者もいくつかの実例を知るに及んで、大企業の「横暴さ」を垣間見たように思った。  松下博士は、筆者が教壇に立つ東京理科大学知財専門職大学院の知財戦略論の授業でも、ゲストとして講義をしてもらっている。その中で博士は、自身の発明人生を語りながら、若い人材が研究開発にかけていくような知財制度、知財社会を作らなければ、日本は知財立国にはなり得ないことを語っている。  それは自分の発明特許が世に認められないような社会を容認すれば、知財立国など夢に終わるという強いメッセージを託しているものだ。松下博士の主張が認められるかどうか、裁判の帰趨(きすう)が注目される。